2011年01月22日

「2011 十五糎加農砲掩体跡(砲台跡)訪問とあれこれ。」



えんたいあと.gif


室蘭は昭和20年7月14日に空襲、そして翌日の15日に艦砲射撃を受けました。


日本で戦時中に艦砲射撃を受けたのは室蘭のほか日立、浜松、釜石などの工業都市のみで、特に室蘭での被害は甚大でした。


その艦砲射撃を食い止めるために建設された砲台がこの十五糎加農砲掩体です。


現在でもその砲台跡をみることができますので、写真で紹介したいとおもいます。







第八独立警備隊の96式十五糎加農砲を1門収めるための掩体がこのコンクリートの塊です。


掩体正面から向かって3時の方向から時計回りに紹介していきます。



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噴火湾から進入する艦隊を迎撃するために昭和20年春から作った十五糎加農砲掩体の2基のうちのひとつで、2基の砲台のうち現在残る砲台は斜面下の砲台です。(当初は3基の予定)



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朽ちていくコンクリート筐体に魅力を感じる人は多いのではないでしょうか、


タイトルには2011とありますが、去年の訪問です(笑)



P1030533.jpg



かつて艦砲射撃を受けた室蘭では慰霊碑や現存する戦跡、そのほかを含め多数あるのですが、ここ小橋内町の砲台跡はわりと有名なようで、サイトでもよく見かけますね!


この2基の砲台は工兵300人(北部軍管区司令部稲木隊)が4ヶ月もかけて完成させたそうです。


そして、艦砲射撃の直前に十五糎加農砲を据え付けて、上から土をかぶせて完成させています。



P1030528.jpg



完成直後の7月15日に室蘭は前日の空襲につづき艦砲射撃を受けるのですが、


アメリカ艦隊は砲台の向きとは反対側の幌別沖約28キロの太平洋方面に居て、


結局は砲台を使用しないままに終戦を迎えることとなります。



P1030526.jpg



戦後は砲台の上の土を取り払って、昭和20年代後半から昭和50年頃まで住居として使用されていました。



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ちょっとカメラだけ突入撮影してみました。


ちなみにこの十五糎加農砲の射程距離は18キロメートルだそうで、


戦艦ミズーリやアイオワがまさか反対側から、しかも十五糎加農砲の射程外から艦砲射撃をしてくるなんて日本は思っても居なかったのでしょう。


けど、アメリカは艦砲射撃の前に、室蘭上空から空撮し、詳細な情報を得ていたという記録がでてきたことから、アメリカ側はすべてお見通しだったということですね。


艦砲射撃に対して有効な手段のはずの沿岸砲台が噴火湾側しか対応していなかった、さらに射程距離もミズーリやアイオワの大砲を上回れなかったことが大ダメージを受ける結果となったのでしょう。



P1030521.jpg



しかし、戦後ここを住居として住んでいた人が居るというのも驚きですね。



P1030518.jpg




遠くに室蘭港の入り口である白鳥大橋が見渡せます。



P1030520.jpg



2基あった砲台跡のうち、1基はすでに取り壊されていて、壁1面のみが残っているという話ですが、確認しわすれました!


少し暖かくなったら見に行ってみるかな、


わりと最近まで行くことのできて、ぜったい入ってやろうと思っていた、すごい戦跡もあったのですが、いつだか、どこかの防空壕で少年が死亡した事件があって以来、全国的に防空壕の調査、そして全部塞げ!との通達があり、残念なことに、コンクリートで塞がれてしまいました。。


それがここ



P1030955.jpg



「入り口から最奥部まで約40メートル、かがまなくても歩け最高部は2メートル
78センチ、中央部から三方向に通路があり、その先に4つの「部屋」があった。
優に100人は収容できる広さ。」(室蘭民報)


どうやら、旧国鉄が、戦争が激しくなったら地下で仕事ができるようにと地下事務所として掘らせたものらしい。


しかも、掘削作業に従事させたのはすべて強制連行された朝鮮人、日当は相場の6倍程度もあったようですが、日本の過去も称えられるものじゃありません。


戦争は今後もう二度とあってほしくないですね。


それはさておき、こんなすごいものが身近にあって穴まで空いていたのになぁと・・・


やっぱり入っておけばよかった、、悔やまれますな。。


今回の記事は「室蘭の戦跡1」という無料配布の小冊子を参考としました。









posted by じぇべうさぎ at 20:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 探索日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは!!
この砲台跡ですが、2回ほど見に行きました。
また見てみたくなりましたね。
もう一つの壁と、防空壕がとっても気になりますw
40メートルの防空壕、入ってみたかったです。
残念ですよね。
私立病院の地下も通路で何処かにつながって
いたと何かで見たような気がします
また室蘭へ行ってこようかな
Posted by のりー at 2011年01月24日 13:48
>のりーさん

こんにちは!
ほんと悔やまれますねぇ、入っておけばよかったなぁと。
で、その旧国鉄の壕ですが、当時テレビカメラが潜入していて、放送されたそうです。そのビデオがなんとあるところにはあるのですよ!

旧市立病院の地下通路ですが、確かに存在していました!
今は両側が塞がれていますが、片側の病院側は塞がれた後に石垣が組まれて痕跡をたどることはできませんが、反対側の常盤側は探せば痕跡があるとおもいます。塞がれてますけど。
Posted by じぇべうさ at 2011年01月24日 23:26
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